Canada Youshinkan Kendo Dojo

2010年 新春

明けまして、おめでとうございます。2010年も思い出したことや、感じたこと。今は無き先生方の教えなど、思いつくまま書いていきます。皆様のご修行の僅かな糧にしていただければ幸甚です。

我々、養心館の初稽古は、1月3日から始まりました。最初の二時間は居合い、剣道の稽古は30分の打ち込み稽古の後、3分交代の回り稽古で30分、なかなか充実した稽古が出来ました。

熊自身は、居合いの時、最後の最後に技を説明しながら抜こうとして、指先に刃が掠り、自らの未熟を思い知らされた、新年になりました。

その為に剣道の稽古は見学。通常、白熊と、その年の威信をかけて対戦するのですが、今年は、戦う前に敗北を記してしまいました。

まあ負けで始まった、2010年ですが、終わるときに勝てば良いと言い聞かせて、燃える思いを、一層、掻き立てて、更なる精進を誓いました。

そういえば、思い出したことがあります。昔、堀口清範士九段を魚釣りに案内したとき、斉村五郎範士十段の想い出話をされた事があります。

斉村先生は、道場で着替えを成される時、絶対に人に裸、背中を見せなかった。その為に、変な噂が立ち、京都で修行した武専時代、若気の至りで喧嘩の刀傷が背中にあるからだ、という物だったらしいのです。

処が、堀口先生が、一緒にお風呂に入り、先生のお背中を流されたとき、先生の背中は、傷一つ無い綺麗なものでしたよ。と言うお話でした。

それと、先生のお宅にお邪魔して、先生のお刀を拝見した時、鯉口がガサガサに荒れていた。ですから、先生は、人知れず、居合いのお稽古も成されていたのだと、確信した。

それから自分も、居合いを勉強し始めました。というお話でした。当時は、居合いは、剣道の裏芸と言われて、公に稽古をする事がはばかられた。

そのような背景もあったのか、土佐や、中山博道範士などはそれを奨励しておられたようですが。剣道家は隠れてお稽古を成されていたのだということに非常に感銘を受けたことを思い出します。

堀口先生は、剣道、居合道、両道範士九段。日本では、最初の方でした。
昔の先生方は、人知れず、居合いの稽古も成されていた。今は、公に居合道が普及されて、大いに胸を張って稽古が出来る。在りがたい世の中になりました。

剣道を遣る方が、竹刀だけしか振ることを知らない、それでは矢張りおかしいのではと、常々思っています。剣道家、少なくても模擬刀で、抜き差しぐらいはお稽古されたほうが良いのではと思います。

剣道形を打たれるとき、刀の扱い方一つでその方の修行度が観えてしまいます。