Canada Youshinkan Kendo Dojo

憤志、大疑、信根。

羽賀の親父から聞いた。禅の言葉だそうだ。

憤志は「怒りをもつほどの強い意志で、修行に取り組むみ、絶対貫徹の志で修行をする。」意味だそうだ。

だが正直、今までの熊にそんな意志があったとは、恥ずかしながら口が裂けてもいえない。ただ好きだから遣って来たに過ぎないし、まだまだ、貫徹したとはおこがましくて口にすることがはばかられる。

では次の、大疑これは如何だろうか。

「自己対する厳しいまでの心理の追求。本当此れで良いのか?徹底追求。」

これは、自分自身疑り深い性格でもあったから、あーだ、こーだと、考えを廻らせていたように思う。特に精神的なこと、技術的なことは、大範士の先生方をを、目標にしていたので、それは色々悩まざるを得なかった、と言うのが本音だ。これは今もづーと続いている。

絶えず、自分の剣道に疑問があるし、それを貪欲に追求している。
かといって、切羽詰って窮屈には考えていない。まあ、どちらかと言えば、それが楽しいと感じる程度に追求している、研究するのが楽しいのだ。

三番目の、信根は如何だろう。

「自分は正しい修行をすると言う強い信念。目先の欲に囚われず本道を行く。」

と言うことらしいが、これは別段深く考えていない。何故なら、それは、今まで教えを頂いた先生方に憧れを抱き、其のまま、真似ていけばいいと考えているからだ。

正しい、師匠に素直な気持ちで着いて行けば、当然それに感化されていくわけだから、道を踏み外す心配は殆ど無い。

ただ、我欲に走れば何処にでも落とし穴はある。穴に落ちるか落ちないかは自分の我欲次第だから、身を処して欲を出さずに、世道に剣道に取り組みさえすれば、ほぼ、間違いは無いと思う。

やはり、自分の場合は、「大疑」これが、自己の剣道の工夫の根源になっているような気がする。