Archive for 6月, 2009

迷い

日曜日, 6月 28th, 2009

何時の頃からか、思い出しても思い出せないが、気が着いて見ると、不思議と自分の剣道に疑問を持たなくなっている、自分が居た。迷い無く修行が出来て居る。

悟りと言えば格好が良いが、そんな大それたことではなくて、今まで修行してきた方向性に間違いが無かったと、自信と自覚がもてたからだと思う。

其れはそうであろう、海外に居ながら、日本でも、超が着く大範士の方々に教えを頂いてきたわけだから、其の方向性に間違いがあろう筈が無い。

熊の、武者修行を呼んでいただくと、一目瞭然だが、素晴らしい先生方にご指導を仰げた事は、熊の大きな財産となり、剣道界きっての最高の幸せ者だと自負をしている。

今、考えてみると逆に海外に居たからこそ、変な雑音が入らず、迷わずに来れたのかもしれない。其の点、逆に感謝をしなければ成らないだろう。

人間、求める気持ちがあればどんな環境でも間違わずに道を進む事ができる。
其れを立証できている事も大きな自信に繋がっている。

剣道を修行する人間に取り、先人の道しるべは非常に重要だ。

指導者を誤り、間違った道を歩むか、自我を張り遠回りをするか、人それぞれ其の人の責任において、選ぶ事だから、選択する責任は全て自分に在る。

要は「求める味」道を如何選ぶか、迷い道を選ぶか、標識通りに歩むか、本人の気持ちが求める、度合いだけのような気がする。

6月 28 2009 | 熊のつぶやき | No Comments »

部品の組み立て

金曜日, 6月 26th, 2009

肉体を離れて剣道は語れない。剣道は全身を上手く使いこなして、良い、打突が出切る。其の肉体を上手く使いこなすには、筋肉と、関節の使い方が鍵に成る。

熊は、夫々の関節、筋肉を部品と読んでいる。つまり、手首、足首、手の指、肘、肩、膝、股関節、下腹部、背筋、肩甲骨、など等、剣道で使われるであろう筋肉と関節の箇所を、夫々に個別に自由に楽に働かせる事を研究してきた。

其の部品の働き、動きをできる限り無駄なく目的のために働かせて、夫々の部品をつなげ、組立てていく、其の働きに、心が潤滑油の働きをして、良い打突を生み出す、要素だと考えてきた。

今まで非常に無駄な遠回りをしてここまで来たが、この部品改造を心がけて稽古した方が数段早く身に着けることができると言う事に自信を深めた。

一見時間が掛かりそうに思えるが、絶対に近道だ。欲張らず一つ一つの部品を仕上げていく、そして出来上がった部品を組み立てていく。それで肉体はOK。

後は心の問題だが、積極的に攻める心を働かせれば其れが部品の潤滑油になる。

この考え方は、兵庫県に居られた、松本敏夫範士九段の書かれた物を、手に入れたことが切欠になった。松本範士は榊原正範士が崇拝されていた先生でした。

6月 26 2009 | 剣道考察日記 | No Comments »

今の境地

水曜日, 6月 24th, 2009

竹刀は持って、持つにあらず。
構えは、身構えて、構えにあらず。

気は勢いを持って、勢いにあらず。
体は固まる所無く、風に吹かれて流れるが如く。

息は、長く静かに腹に治め、何事も無く。
ただただ、油断無く、相手に従い。
其の場、その場を、楽しむべし。

天啓


今朝、ふと頭に浮かんだ言葉です。
此れは、今、熊自身が何気なく目指している境地だと思います。
こんな風に稽古が出切れば良いな、位のところです。

気持ち的にはそう遠くは在りません。手が届きそうな所に見えて居る気がします。

6月 24 2009 | 剣道考察日記 | No Comments »

一人稽古の勧め。

土曜日, 6月 20th, 2009

一人稽古は、大事です。
だけど、一人稽古の目的を如何捉えているか。

ただ漠然と遣っていては意味が無い。

先ず第一、其れは悪癖の矯正に当てる事。此れで良いのかどうか考えながら遣る。

第二に、数を掛ける事で、動作に習慣性をもたせる事=体(動作)に良い癖をつける。

第三、絶対に妥協しないこと。大体出来た、はできていないと同じ。探究心を失わない事。

第四、稽古で実際に使えるようにする事。でなければ意味が無い。自信が持てるようになるまで遣る事。

先ず第一での一番気をつけ無ければいけない事は、自分の悪癖を見抜けなければいけない。でなければ矯正には繋がらない。

今の自分の動作に自己満足している人は、伸びれません。
昔から言います、無くて七癖。良い見本、誰か自分が尊敬できる師の動作を、必ず脳裏に焼き付けておく事を薦めます。

第二、健常者であれば、誰でも自然に歩け、箸でご飯も食べれます。
これは全て習慣がなせる業です。ご飯を食べる時間はどれだけか個人差はあるでしょうが、箸を使う時間を考えればそう長くは無いでしょう。

だだ、毎日欠かさず、二度三度と使う。其れの積み重ねで箸が自然と動くようになっている。足裁き、体裁き、竹刀操作も同じ事。

第三、も第二と殆ど同じですね。赤ちゃんの時はよく箸で食べれないけど、段々食べれるようになる。物も落とさなくなる。

剣道の技も打たれなくなるまで遣れば良い。現代剣道の打突部はたった四箇所だけの事。
其のうち、気をつければ良いのは小手と面だけ、突きは剣先さえ中心線にあれば、なやすのは簡単なこと。小手と面だけ返せたらそれで充分。

4は当たり前のことでしょう。使えなければ意味が無い。どれだけ稽古したところで、実際に其れが使えなければ、稽古していないのと同じ。

最近、自分の過去を振り返り、反省しきりです。
なぜ、今までどれだけ無駄な事をしてきたか。笑

試行錯誤とは言いますが、剣道はこれほど単純で簡素なものは無い。と50数年かけてヤット気がつきました。苦笑。
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6月 20 2009 | 剣道考察日記 | No Comments »

夏に学ぶ

日曜日, 6月 14th, 2009

日本では、梅雨の季節だが、カナダは梅雨が無い。だから6月が真夏になる。此処2週間は大変良い天気が続き、気温も上昇して30度を越す日もある。

その間、二度ほど夜中か明け方にお湿り程度の降水があったが、街の歩道脇の芝生が赤茶けてきた。水枯れの状態なのだが、この芝生、赤茶色に変色して完全に枯れたのかと思うが、雨が降り出すとちゃんと緑を取り戻す。

軟弱な人間をあざ笑うが如く、再生機能が凄く強いのだ。大自然の営みを見ていると、本当に考えさせられる事が多い。人間は考える力を与えられたがゆえに、弱さも、未熟さも兼ね備えて持ってしまったようだ。

本能だけで、生きて居る動物は二つの目的だけに生きると、ある動物学者が言っていた。其の二つとは食物を得る事、子孫を残す繁殖行為、この二つだと言う。

人間には、思考能力があるがゆえに、文化と言う形で色々の事柄が形成されてきた。そして進化してきた。動物の中でも環境に対処できるように進化が認められる。

環境に対応できる、適応能力が進化の原点なのかもしれない。剣道も相手とのやり取りの中で、如何に其れに上手く対処していけるか、其の順応性の高い人が強い人と言い換える事が出切るのではないのだろうか。

赤茶けた芝生が再度芽吹くが如く、如何なる状況でも耐え忍んで不退転の再生能力を身に着けたい、どんな環境にでも対応できる、自由自在に臨機応変の対応能力を身に着けられたら最高だと考えて修行をして居る。

6月 14 2009 | 熊のつぶやき | No Comments »

全員合格

日曜日, 6月 7th, 2009

6月6日カナダ西部地区の2段までの昇段審査。
今年は例年に無く多数の受験者が居た。結構な事です。

昨年から始めた初心者連中、今年は1級の審査。5人全員合格
剣道をやる者は居合いも遣れ、と殆ど半強制的に遣らせた居合道、5人全員が合格。

それに剣道初段二人が合格した。居合道は、モントリオールの道場から預かりで教えて居る生徒が剣道、居合道両方二段合格。

だが見ていて、審査の雰囲気に呑まれたのか、何時もの実力を出せない生徒が数名居た。

実力の40%も出ていたか、まあ、それでも何とか合格できたのは、ヤレヤレ、と言う所。

今回剣道の1級を合格した連中の中でまだ居合道を学んでいないか、学び始めたばかりの連中が居る、其の人たちは年末の審査まで頑張らせなければならない。

又、1級を今回取得した連中は初段を目指して頑張らせよう。何か目標があれば遣り甲斐も出てくるであろう。

他道場の生徒で何人か落ちた生徒が居たが、次の頑張りを期待したい。

6月 07 2009 | 新着情報 | No Comments »

熊流胴打ち考察。

木曜日, 6月 4th, 2009

これはあくまで、中段における、熊流胴の打ち方ですので貴方に合う合わないはご自分の判断で。
当方は、一切責任を負いませんので。爆笑。
先ず、熊の構えは、右手前、右足前の自然半身、剣先は相手の左目に付ける遣り方です。剣先は臨機応変に動いておりますが・・・・

左手親指の第一関節が臍一握り前で収めています。ですから剣先は幾分開き気味ですね。
先ずこの構えが有り、相手の面に来る竹刀を表鎬で刷り上げて、応じ胴が容易になると考えます。
其れとこれは、非常に大事なポイントですが・・・・・

先ず竹刀には三尺八寸~九寸の長さがあります。当然。
柄側の長さが30~32cmとしますと、一番能率的な返し方は、自分の竹刀の物打ち当たりで刷り上げて、物打ちで胴を打つのが最高と考えるのです。その為にはどうするかです。
先ず、相手が面に打ってきた時に、自分の竹刀を相手の竹刀に擦り付ける感覚で、左手を左斜め前、一握りないし二握り、押し出すと同時に右手をそのまま自分の鳩尾の前に引き上げて、其処から擂り粉木回転で両手首を返して胴を打ちます。

この左手押し出し、右手の引き上げによる、梃子の応用で、竹刀が立つ、その時が相手の竹刀を刷り上げた時と同時です。

当然、竹刀には傾斜が付いておりますし、竹刀の長さがある分、充分に自分の頭は防げるだけの幅は取られております。

詰まり、出来うる限り相手の竹刀を受けるために手元をあげないという事です。擂り粉木回転は自分の腹の前、臍から鳩尾の間で行う。
高く頭の上で受けた場合は、其の竹刀を下ろさなければ胴は打てません。無駄な動作が含まれますし、時間的にも素早い打ち方が出来ません。
相手の竹刀を刷り上げる時も、当然、梃子の応用で剣先が早く上がるはずです。早く上げられる分、相手の面をぎりぎりまで引き付ける事が出来ます。詰まり見切りが出来るはずです。

足裁きは、左手を左前に押し出し右手を引き上げると同時に自分の右足は相手の体の左に近い所に踏み出します。

胴を打ったときは左足が前に出て、そのまま歩み足で間を取り、相手に対処します。つまり残心体制を取る。
ですがこの足捌きではややもすると相手に背中を向ける事になりやすいので、時には打った後、直ちに左足を自分の後ろに引き、相手に対処します。この遣り方は相手の実力により変わり、臨機応変で使い分けます。
左足を後ろに引いた場合、次の立ち上がりが早くなります。相手が強い場合は立ち上がりが非常に大事ですので此れで先を取る事が出来ます。
竹刀の長さを十分生かして、応じ、其の回転力で胴を打つ、今では殆ど考える事も無く体がそのように働いてくれます。動作が癖に成るまでやられる事をお勧めいたします。
以上簡略に書きましたが、お分かりいただけるでしょうか。
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