Archive for 9月, 2008
火曜日, 9月 30th, 2008
剣道では、攻めだの、為だの、間合いだの、間だの、あまり実体の無い事柄が頻繁に出てきます。その実体のないものを稽古と言う方法で確実に物にして行かなければなりません。
さて、攻めについてですが、どうしたら攻めを手に入れることが出来るのでしょうか、勿論、攻めにも色々な段階が在り、これは稽古で百錬自得するしか方法が無いのですが、考え方の方向性が確りしているのと、目クラ滅法遣るにのとでは大きな隔たりが出てくるように思います。
そこで先ず一番初めに攻めで大事なのは。本人のヤル気です。
戦う意思です。戦う意思と書くと、誤解して打つことだと早計に考えては困ります。
何度も言いますが、打つのは一番最後でいいのです。名言があります。
「打つ前が剣道で、打ったら運動だ」
早打ちは無駄打ちです。機会でもなく、相手も崩れていないのに打つのは自殺行為です。
慌てて、早打ちするから、剣道が軽く見えたりするのです。
実際、刀で切りあう事に成ればそんなに簡単に打って出れますか?
若し其れができるとすれば、余程向こう見ずの豪胆さか、自殺行為の何者でもありません。
ですから、我々大人は少なからず「命のやり取りだ」位の考えが無いと本物の攻めなど掴むことが出来ません。でなければ真剣みが出てきません。
真剣みの無いところから、攻め等出てくるはずが無いからです。
ですから熊がここで言う、戦う意思とは真剣みのことです。
真剣み=絶対に戦い抜く心です。機会と観じたら、間髪を入れず、打ち込める状態の維持です。其処には、
油断、集中力の欠ける状態など微塵もあってはなりません。
其れが身について初めて千変万化の状況に対処でき、攻めなる物の、第一段階が掴めて来ます。先ず其処から勉強してください。
先ず、1の段階の真剣み、何時でも打って出れる体制が出来たとします。
で、攻めがそれで完成したかと言えばまだまだなんです。
次は立ち上がりです。立ち上がりとは、相手と打ち合った後、そのまま次の戦闘態勢に入れなければいけません。戦闘態勢、つまり、相手がどのように仕掛けてきてもそれに対処できる準備のことです。
そこのところを1000/1秒でも早く相手より立ち上がりを早くする、つまり戦闘準備を整える。これが剣道で言うところの本当の残心なんです。
相手にして見れば、打てた~と思って一息入れようとしたら相手はもう攻めてきたという事になります。此れの繰り返しで優劣が出てきます。
つまり縁の切れない集中力、一つの終わりが次の初めに繋げることが大事です。
ここが第二段。
第三段は、戦闘態勢が相手よりはやく準備できたとします。
所が相手が、色々な駆け引きや、フェイントなどで応酬してきた場合、どうしても瞬間的に相手を見てしまい、「ハッツ」とした状態に成ることがあります。
つまり予期せぬ出来事に此方も驚く。其の状態が命取りに成ります。
そこで驚かない腹を作らなければいけません。
其の腹を作るのに一番良い方法は、開き直りです。「さー打つなら打て」
「お前の打ち、何ぼのもんじゃ」と言う位ふてぶてしく、開き直ることです。
「お‘!!何なら命の交換、しゅようやないけ」つまり度胸ですね。
開き直りで培う度胸、当然そこには打たれていいという腹のくくりが大事です。
さ~俺の命遣るから、お前さんはどうする?どうする?と間を詰めていくのです。ここが責め習得法の三段階になります。
まだこの上があります、其れは次回に。
9月 30 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
日曜日, 9月 21st, 2008
カナダの秋は早い、もう既に街路樹が紅葉を始めた。気温も下がり、朝夕は肌寒さを感じるくらいだ。今年の夏は売り上げも新記録を樹立して、最高に忙しい思いをした。
今、バンクーバーはオリンピック景気で、慢性の人で不足。急遽、移民枠を緩めて、就労ビザ入手も枠を広げて、レストランのウエートレスの様な単純作業ですら、ビザを簡単に手に入る方策を打ち出したが、焼け石に水。
まして熊の様な、弱小企業は、中々人手が揃わない。しかし、それはそれで、今居る従業員たちが頑張って仕事をこなせるまでに育ってくれた。其の点では感謝しなければならないだろう。もち熊自身も朝から晩まで現場に立っている。
仕事が終われば、体はそこそこ疲れるが、剣道のお陰で、ストレスも感じない。剣道は最高の気分転換になる。全てのことを忘れて剣道に没頭できるからだ。
剣道、打たれて感謝とは言うが、人間、心の何処ではやはり打たれては行けないと言う本能が働いているのか、相手とのバトルに真剣にならざるを得ない。あの手この手を考えて、何とか戦い抜こうと必死になる。それが全てを忘れさせる効用があるのだろう。
日本のように、暑い中で稽古をする必要も無い、だから集中力も1時間くらいの元立ちでは切れることが無い。だから稽古が楽しい。
若い連中に、刺激を受けて、年甲斐も無く張り切ってガンガン稽古ができる、自分の健康に感謝している。
9月 21 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
土曜日, 9月 20th, 2008
最近、アメリカに留学中の美人剣士がよく熊の道場に稽古に来る。
彼女は、今年の春、北米では一番歴史のある剣道大会に女子の部で参加して、1回戦を世界大会の三位、元カナダチャンピオンを葬り、彗星のごとく、あれよあれよと言う間に優勝戦まで駆け上がった。
優勝戦は熊の元弟子で元カナダチャンピオンとの争いになったが、延長に継ぐ延長で、延長五回の長丁場を果敢に攻め抜いて、ついに優勝を手にした。相手は、完全に根負けした感じだった。
非常に粘り強く、我慢強い性格だと感心してみていた。
話を聞くと、偶然か、熊の故郷、富山市の出身、おまけに家までが近くだと聞いた。偶然、時代は違うが熊と同じ道場で稽古もしたと言うではないか。なんだか近親間が沸いたので、時間を見つけて稽古に来るように勧めておいた。
それが切欠になり、遠い道のりを物ともせず、ほぼ毎月稽古に来るようになった。
剣風は、攻撃型で、スピードが有り、どんどん攻めて出る。相手が動けば打って出る。変な癖の無い、けれんみの無い思い切りの良い稽古は好感が持てる。
非常に打ち勘は良いし、鋭い稽古をする。今後の課題とすれば、攻めが良いから、其の攻めを生かし、溜めて相手を引き出して打てるようになれば鬼に金棒ではなかろうか。
応じ技や、刷り上げや、返し技が身につくと、女性でも侮れない剣客になることは間違いない。
丁度、いま、今年のカナダ選手権で二位になった、ミサトも出稽古に来ているので、いい刺激になっていることだと思う。女子の剣道も切磋琢磨できる環境が整って有り難い事だと思っている。
9月 20 2008 | 新着情報 | No Comments »
金曜日, 9月 19th, 2008
昔、羽賀の親父と気迫について話したことがあった。其の当時、熊は気迫は、燃え盛れば燃え盛るほど良いと考えていた。
喧嘩腰と言えば良いのか、狂気=気迫で、猛々しく、強ければ強いほど良いと思って親父に聞いた。
親父は、「それは、猛獣が餌を漁る、まだまだ低い段階の気であり、人間で有る以上もっと上に、静かで澄んだ気の位が有る」と教えられた。
其の当時は、「そんなものかな」としか、、考えが及ばなかったが、最近、自分の攻めについて考えることがあり、色々研究していて、おぼろげながら、ひょっとして、此れではないのかな、と言う感覚が身についてきた。
以前は、よし、遣るぞ、と下腹部(丹田)に力を込めて、大盛なる気力を発揮できるようにしていたが、ある日突然、なんだか肩の力が抜け、下腹部も軽く閉めているだけで、そんなに力を入れる事も無く、なんだか少し頼りないくらいに、自然に構えて居る事に気づいた。
それで、普通に前に出て攻めてみたら、不思議なほど相手が固まる。少し出きる者は慌てて飛び出したりもした。それがなんだかまだ自分でも解らないが、気持ちは、争うでもなく、迎え撃とうと言う気も無く、ただただ、どうぞ、お好きなように、と自然にしているだけで、体が勝手に動いて相手の開いている所に、竹刀が走った。
済んだ気、、宮本武蔵が言う「戦気 寒流澄める事鏡の如し」
と言うのは、こんな感じなのかな、とも考えたりした。恐らくはまだまだ、そんな立派な位に達しているとも思えないが、親父が言う「澄んだ気」其の段階はどうやら理解が出来てきたのではなかろうか。
そこに至るには一つの大きな鍵があるのだが、それはまだ未熟ゆえ、ここでは言えない。ただ、小川忠太郎範士が言われたことも脳裏に深く根付いている。
剣道は、「生死の境を明らめる物」と言われた事がなんだか解る気がしてきた。
9月 19 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
日曜日, 9月 14th, 2008
剣先を効かせる、剣先が効いている、とよく言われるがどんな状態を言うのだろうか。
剣先つまり竹刀で言えば先革の先端である、だが、中には剣先は剣の先だから、先革のその先が効いていなければ成らないという人も居る。
また、恩師、榊原範士は丹田の力が左腕の裏筋を通り、左手小指から竹刀の弦を通り剣先に現れる力だとも教えられたこともある。
勿論、そんな力は肉眼では見えるはずも無い。だが昔、剣先から火が出る、白い輪が出る等と豪語した剣客も居た。
それらは何を語っているのだろうか、確かに、お相手頂く剣道家には色々なタイプの方々が居て、遣りづらく感ずる人が要る。
其の遣りづらく感じる方で、剣先が邪魔に感ずる方がたまに居る。剣先が何時も自分の水中線上に居て、打てば返され、無理に出れば突かれる。そんな方だ。
だが未だ未熟ゆえか、剣先から火も見たことが無いし、輪も見たことが無い。ただなんとなく遣りづらいな~くらいにしか感じない。
だが最近そう感じる方々が非常に減ってきた。打ち合うことが優先されて、数打ちの中でポイントに当ればそれでアピールをするタイプの剣道が増えてきたからだと思う。
昔の先生方の中には、本当に剣先に威力が有り、下手に打ち込むと殺されるかも?と本気で考えなければならない先生が居た。
確かまだ4~5段の頃、京都大会の朝稽古で誰も並んでいない先生が居られたので、喜んで掛からせていただいたら、初めから最後まで全て迎え突きで、三日間、ご飯が喉を通らない程のお稽古を頂いた先生が居た。
宿に帰って、富山の先生方に聞いたら、「馬鹿、掛かる先生を選べ」と言われた、聞いた話によると、其の先生は「ツキマス」と異名のある、突きで勇名をはせた先生であったらしい。それを皆知るから誰も前に立たなかったのだと解った。
だが、熊は馬鹿だから、次の日も其の先生に掛かった。それで、何本目かに、初めて先生の剣先が逸れる面が打てた。其のとき其の先生は面の中で「ニヤリ」と笑われて、竹刀を納められた。
其の先生の剣先の威力、恐怖感は未だに脳裏の底に張り付いている。其のほかにも、高校生の頃から、国士舘で大将を勤めた田舎のK先輩から毎回の稽古で気絶するくらいの突きを何本も頂いた。
おまけに県警機動隊の隊長をしていた、N先生からも、鎖骨を折る突きの稽古も頂いた。だから、今熊は突きは怖いとは思わない。
そんなことも関係しているのだろうか、剣先が効いていると感じる剣道家の方が少なくなったと感じている。
剣先が効く、これと、不動心を練る、これは、必ず一体化している修行なのだ。びくびく、反射神経で剣道をしている人で剣先が効いていると感じる人は皆無であることだけは事実のようだ。
9月 14 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
金曜日, 9月 12th, 2008
熊もとうとう63歳に成った。だが、60は還暦、暦が還るだから、それからは36歳になったと、冗談を飛ばしている。
36歳と言えば、白熊が今年の暮れで36歳になる、まあ、息子と同じ年になる訳だ。そう言えば我が熊女房も来年で同じ年になる。
彼女との生活も丸三年になった。人間63年も生きていると色んな経験をする。まさか二度女房を貰う事に成るとは思いも寄らなかった。
22歳で結婚、25日後には独立開業、新婚などと甘いことを言ってる暇もなかった。
最初の子供を亡くし、白熊が生まれ、歓喜に震えた。子供を大事にしようと誓った。だが仕事に没頭するあまり、黒熊がスキンシップの無さが原因で丸三歳まで口が聞けなかった。
そんな時、アメリカに食肉使節団でNYに降り立った。摩天楼が林立する、セントラル公園で、リスが遊び、其のリスを犬が見ても吼えもしない、後も追いかけない。それを見た瞬間、心のどこかで何かが狂った。
動物までがこんなにストレスの無い中で生きている。こんな環境で子育てがしたいと思った。それが移住を決断させた最大の理由だった。
だから移住した後は子供とよく遊んだ、剣道が其の一番の手助けをしてくれた。冬は毎日スキーに出かけた。夏はキャンプにも出かけた。
やっと、これが正常な家庭生活を手に入れたと思った。子供たちも順調に育ち、世界大会に親は審判で子供は選手で参加も出来た。
カナダの大会、フランスの大会、日本の大会、三度の審判を勤めさせていただき、審判から下ろさせて頂いた。子供たちはその後の世界大会にも出たが熊は其の応援に行くことすらしなかった。
ズーっと行動を共にしてきた、元気だけが売り物のような前の女房だったが、肺がんであっけなくあの世に先立ってしまった。最大の契約違反だった。
小中高と同級生で、熊より三ヶ月若かった。俺より必ず後から死ねと約束していた。だから三ヶ月若いお前と結婚するんだと冗談めいて話していた。
其の前女房も新しい女房に遠慮しているのか、段々夢の中で会いに来る回数が減ってきた。時間が物事を解決すると人は言う。
確かに、時間がたてば記憶の遠くに、死ぬほど辛かったこと、悲しかったことが思い出される。大病で医者に見離されだが、奇跡的に蘇った。
事業が、倒産、破産寸前にまで追い込まれたが、破産、倒産もせずに何とか切り抜けて生き延びた。借金返しに10年間苦労したが、それも終わり、今は本当に幸せな毎日を過ごしている。
9月 12 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
火曜日, 9月 9th, 2008
久々に参加者が多い19名。夏休みが終わり子供たちが戻ってきた。
其処に他道場から一人出稽古に来ていた。彼は元々養心館に居たのだが、親の都合で他道場に移籍した。だが其処では彼は不器用で選手に成ることも無く、おまけに其処の師範が体を悪くし、その娘さん5段も他道場に嫁いだ為に指導者不在のまま4段3段クラスが指導を勤めている。
その為にますます自分がどうして良いか分からなくなってきて、熊に助けを求めてきた。熊のスタンスは来る者拒まず去る者追わずで遣っている。マア、今回それで他方で少し嫌な思いもさせられたが、其れはこの際関係がない。
その彼の話によると、最近顔を見せなくなったデンマークの選手、その他道場で稽古をしているらしい。確かに熊の道場ではダレも簡単には打たせてくれない。其処に行けば簡単に打てる相手が沢山居るから、そちらの方が面白いのかもしれない。
其れと、今回最大のトピックス、若いとってもとっても美人の白人女性が剣道を始めました。
多分、AKIRA君のGFだと思いますが、詳しいことは分かりません。彼女結構運動神経が良さそうです。楽しみです。
さて以前から、攻めに関して色々研究している。攻め方の中で何処に弱点が在るか、何処を如何、繋げたらモット有効に攻めから打突につなげる事が出来るか。
そこで一つ発見できたのは、相手がこちらの攻めに相気になっている場合、面白いくらいに固まってしまう。だから相手が、訳分からずに、打ってくるのが一番厄介だと言うこと。
詰り偶然が一番厄介だと言うことだけは間違いないようだ。偶然であれ何であれ打たれれば負けである。その偶然を必然に捕らえられる工夫が残された課題だ。精進しなければならない。
9月 09 2008 | 新着情報 | No Comments »
日曜日, 9月 7th, 2008
現代剣道に突きと言う技が認められているにも拘らず、突きを毛嫌いする人が居る。
確かに突きは外れたら痛い。喉に大きなキスマークが付く。熊の若い頃はそれが勲章だった。だが最近はそうは行かないようだ。
だが、よくよく考えて頂きたい。剣道の発祥は殺し合いの技の研究から生まれた。それが昇華してきたのだから、竹刀ごときの痛さに腹を立てていては、本物の刀での闘争など、可笑しくて語れない。
それと、現代剣道で、突きを悪く言う人が居るが、剣道の文化を愚弄するのも甚だしいとすら考える。突きは確かに恐怖感が伴うが、それに打ち勝つ勇気を養ってこそ、剣道が剣道たる修行の目的があるのではなかろうか。
突きには、技としての仕掛けて突く突きと。相手の打突を制する意味での、俗に言う迎え突きとがある。
仕掛けの技の突きの交し方は、剣道形、3本目と4本面に既に教えられている。
三本目は、相手の刀をなやしながら、後ろに引いて間を取り即座に突き返す。突き返さなくても、間を取りナヤス遣り方で、防ぐことが可能だ。
四本目は、前に出て剣先を外す方法、突きは剣先で突く訳だから、其の剣先の中まで間を詰めれば突かれる事は無い。 要するに間に素早く入ることで、突かれる心配がなくなるわけだ。
では、迎え突きの場合は如何だろうか、熊の場合は迎え突きは殆ど遣らない、昔から言う「突っ張りは技の止まり」と言う教えを守っているからだ。
だが、剣道のお相手を頂く方々の中には、不動心の養う意味で、剣先を付けるお稽古をなされる方々も御出でだ。
だがそんな場合は、熊はこのように判断させていただいている。
迎え突きが、熊の胸に当るのが早いか、熊の面が届くのが早いか、熊の面がお相手に届くのが早い場合は、まったく意に介してはいません。何故ならお相手はもう既に死人です。死人が突ける筈が無い。
皆さんは針で指の先を突いた経験があるでしょうか、突いた瞬間どうなりますか。恐らく体中の筋肉が瞬間硬直するはずです。熊は仕事柄ナイフを持ちます。ですから昔、未熟な頃はよく手を切りました。
ナイフが指を掠めた瞬間飛び上がるくらいに反射神経で筋肉が瞬間硬直して、萎縮する経験を何度も体感しています。
これを実際の刀で体に傷付けられて、不動心(剣先を外さない行為)なぞ絶対に有り得ません。必ず筋肉硬直が体に走りますので、迎え突きなど真剣では出来ない相談なんです。
ですが、現代剣道では迎え突きは相手を制する方法として認められているわけですから、それを交す工夫が必要になるわけです。
どんな剣先の強い方でも、小手面を打たれて小手が確実に当って面に行った場合は、剣先が外れることが多いと感じます。
小手が当った瞬間に右腕に力が入るから剣先は少なからづ中心から外れますから、当らなくなるのだと思います。
それを考えると迎え突きをする人には、払い面、刷り込み面などが有効です。様は相手の剣先を中心から外して打つ工夫をすれば迎え突きは除けられます。
相手が突いてくれたらそれに対する自分の工夫でそれを乗り越える。それが修行だと思いますし、自分の実力を伸ばす好機ではないのでしょうか。
突きをもっと自分の中で容認することで一段と強い剣道になれる筈です。
9月 07 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
日曜日, 9月 7th, 2008
有る、友人から頂いたお言葉です。嬉しくなりました。
『目に諸々の不浄を見て、心に諸々の不浄を見ず。
耳に諸々の不浄を聞いて、心に諸々の不浄を聞かず。
鼻に諸々の不浄を嗅いで、心に諸々の不浄を嗅がず。
口に諸々の不浄を言いて、心に諸々の不浄を言わず。
身に諸々の不浄を触れて、心に諸々の不浄を触れず。
意(こころ)に諸々の不浄を思いて、心に諸々の不浄を想わず。』
9月 07 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
土曜日, 9月 6th, 2008
足の痛みも引いてきた。回復してきたから飛べる様に成ってきた。
熊の場合、右足を滑らせて、左足で蹴りだすので、左足の負担が大きい?だから左足が痛むと難渋する。
だが、先日の稽古は、子供たち初心者が、打ち込み稽古をしている間に、熊と白熊は地稽古を始めた。二人で遣ること30分。それから1時間、他の会員たちにも十分に時間を掛けて稽古を付けた。
合計1時間半立ち切りで、気迫の持続した、充実した稽古が出来た。白熊と、ガチンコ勝負が出来るくらいにまで足が回復。気が上手く乗って、攻めに充実感があり、鋭い面が何本か出せた。
最近攻めに新境地を発見できたので、攻めが上手く打突に繋がり、白熊に遠い間から出した突きが見事に決まった。最近は余り突かなかったが、体が勝手に反応して、気がつたら突いてしまっていた。
体が勝手に動く、こんな時は、心も晴れ晴れと、気が充実していて、自然と良い稽古が出来る。稽古をするのが楽しい。そして、稽古の後の、食事も酒も勿論旨い。
些細なことかもしれないが、剣道に感謝感謝である。
9月 06 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
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