Archive for 8月, 2008
日曜日, 8月 31st, 2008
熊が、信奉する中村天風師の説に寄れば、人間の心の波動は大宇宙の波動と繋がっており、自分の心に悪を抱けば、未来永劫に其の波動は消えないで、自己の心を襲うと言うようなことが書かれていた。
水に落とした石が波紋を作り其の波紋が何かにぶつかりまた戻ってくるのと、似ている。
だから、熊は出来る限り、自分の心を汚さない努力をしている。悪を口に持たせず、心に悪を抱かないように勤めてきた。だから外から来る悪も近づけないようにしている。
今までお世話になった、交剣知愛@MIXと言う剣道仲間が集まり色々日常のことや、剣道のことなど話し合いながら友好を深めていくインターネットのサークルが有る。
熊はそこで知り合った方々で、養心館分室を作り、熊の拙い経験から、剣道に前向きな方々の修行のお手伝いをさせて頂いていた。
其の分室の管理を任せていた人間を、日常の行動や言動に問題があるので、其のMIXから締め出す、との連絡を受けた。しかし、この話は、4月末の頃からもう熊の耳には届いていた。
だから、可也以前から、誰かが画策している証だ。そこで、分室管理人には色々な面で自粛するようにはアドバイスしていた。分室に無理な勧誘はせぬように、、剣理の意見の相違を無理じえするな、と・・・
今回、熊に届いた連絡では、彼を締め出すので、養心分室にも悪影響が出るかもしれないが、其れでも良いか、との事だった。
熊は自慢ではないが、人を引き上げるお手伝いはさせて頂いてきているが、人を蹴落とそうとか、足を引こうとなどと言う卑怯な行為を裏でコソコソする輩が一番嫌いだ。
其の管理を任せていた人間がどれだけ悪いことをしたのか熊は知らないが、熊の知るところ、多少軽率なところは有るが、そんなに悪い事をするような男には見えない。
多分、誰か要らぬ悪口を、MIXの管理人に入れ知恵したに違いない。其の点から見れば、MIXの管理人も被害者だと言うことになる。
MIX管理人とすれば、其の問題児を締め出そうとした背景には、ご自身の目で、確かめた分けではなかろうと思うのだが、噂と言うものに振り回されたのだろうと推測している。
誰が、どんな意思で、心に悪を抱き、分室の管理人を締め出し作戦を練ったのかは知らないが、悪を心に抱いた人間は必ず自分で其の結末を 背負わなくては成らなくなる。必ず波動が戻り、天罰が下る。
剣道を学ぶもの、人間形成が目的のはず、自分の心を汚していて人間形成など臍茶ものだ。
人間、正々堂々と生きてこそ、大宇宙の波動が心に共鳴して、素晴らしい人生が送れるものと確信する。
今回、MIXを辞したのは、自分の周りに薄汚れた汚い波動を寄せ付けないがためだ。仮に、分室の管理人が締め出されたとすれば、必ずゴタゴタガ起きる。分室もそれに巻き込まれることは免れまい。
熊はそんなゴタゴタに同席するほど暇でもないし、自分の心を汚す事が明白な、そんな場所に長居をする愚はしない。自分の人生を何時も晴れ晴れと、天晴れな気分で過ごすために、そこを脱会して、分室も閉めさせていただいた。
熊の突如の脱会で、何がなんだか分けがわからず、嫌な思いもされた方々も御出でに成るかも知れないが、今までご厚情頂いた方々との繋がりは今後も大事に育てて行きたいと考えている。
熊に話がある、また逢いたいと思われる方がいれば、このサイトに来ていただければ、いつでも逢えます。連絡も、お問い合わせに連絡頂ければお返事は差し上げます。
とんだ、茶番劇、お粗末の段、平に平に・・・・・
8月 31 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
土曜日, 8月 23rd, 2008
世の中に、剣道の指導に携わる人々はどれくらい居るのだろうか。街のスポーツ少年団で指導をしている人、自分の道場を持ち、そこで指導をしている人。学校などの教育機関で指導をしている人。警察関係の、署員への指導、学校、機動隊での指導。
其の他に有るかもしれない。其の中には、恐らく二~三段で、指導をされている方々も御出でになるだろうし、範士の方々も御出でのはずだ。
熊が、指導をしている、生徒が夏休みを利用して、日本に帰り、2ヶ月日本で指導を受けてカナダに帰国して、稽古を見たら、なんとまあ~、と嘆かわしくなってしまったことがあった。
良い癖を付けてくれればいいのだが、悪い癖を付けられてしまった。其の子は、今年の春、1級を受けて見事に落ちてしまった。一度着いた癖は中々直せない。まして子供ならなお更である。
羽賀の親父が、道場連盟副会長の席にあるので、以前、道場連盟講習会の、講演で参加者に話したことがあると聞かされたことで、「デモシカ先生にはならないで下さい。」と言うのがある。
デモシカ先生、とはどんな、先生のことだろうか。剣道を少したしなんで、会社を定年したら、剣道の先生でもやるか、のでも。私には剣道しかありません。のしか。
この講演がどんな内容だったかは定かではないが、参加者は皆、先生耳の痛い話で・・・と言っていた。とのことだった。何が耳が痛いのか・・・・・・・
デモは、簡単にやれるであろうと言う好い加減な気持ちがある。
シカは、剣道だけしか見えない、視野の狭い方。
こんな指導者に、教えられる、生徒のほうは大迷惑なわけだ。だが、こんな指導者が全国にはウヨウヨ居るらしい。其のときの講演で羽賀の親父が皆さんに提示した一つの言葉がある。
幕末の偉人、吉田松陰遺訓
妄りに人を師とするべからず、真に学ぶべきもの在りて師とすべし。
妄りに人の師となるべからず、真に教ゆるべきもの在りて師となるべし。
熊はこの話を聞かされてから、何時も自問自答を続けてきた。自分は真に人に伝えるべき本物を持っているのだろうか・・・そのための勉強はしているのだろうか。其の思いは未だにある。
特に剣道では、教えるための資格など要らない。誰でも教えたければ教える立場になれる。
特に海外では、何でも有りに成る訳だ。ホラ、張ったり、偽者がまかり通る。
自分が、人を指導する立場の人間なら、一番大事にしなければならないこと、それは自分自身が本物を勉強する、それを死ぬまで続ける其の意志だと思う。
羽賀の親父は、90を過ぎて尚、万巻の書物を読み、熊に指導をしてくれる。其の点では、
妄りに人を師とするべからず、真に学ぶべきもの在りて師とすべし。良師に関する問題は無い。
問題があるとすれば、
妄りに人の師となるべからず、真に教ゆるべきもの在りて師となるべし。
この部分だ。熊自身未だ、未熟な8。まだまだ、勉強が続いている。
しかし、勉強すらしないで、段だけ欲しい、指導者としての立場、かっこよさだけ欲しい。そんな人が多すぎる気がしてならない。そんなに人から先生と呼ばれたいのだろうか。周りを見渡してもそんな方々がウヨウヨ居る。
剣道家が剣道の本質(修行)を見失い、名誉欲に走れば、それはもはや剣道ではない。
8月 23 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
月曜日, 8月 18th, 2008
中学校2年の時だった、何度か市の大会で、優勝した。其の頃、担任だった、先生が剣道四段。戦前の四段だんだから可也の実力者だと思う。学生大会で何度か優勝経験が有るのだと聞いていた。
だが其の先生は剣道部の顧問ではなく、単なる担任と言う間柄だった。其の先生が、熊が何度か優勝した事を聞いて、熊に話しかけた。
「絶対に勝てる方法を教えてやるから、俺の当直の日に中学校の体育館に来い」と言うものだった。
熊は其の頃、街の剣道教室(愛好家の団体)で稽古をしていた。折り悪く、其の先生の当直日が稽古日に重なり、一応団体の指導者、教士7段に事情を話し、行かせてもらった。
団体の指導者は、「そんなもの有りはしない」と笑っていたが、担任なら仕方が無いだろうと、行かせてくれた。
担任の先生から教えてもらったことは、面を打つときは小手と色を見せて、面を打て、小手を打つときは面と色を見せて小手を打てと言うものだった。担いで面、担いで小手なども教えてくれた。
その後もおかげさまで試合成績は確かに良かった。子供がこんな小細工を覚えると確かに勝率が上がる。
だから、試合態度も段々横柄に成っていた様に思う、子供ではなにが正しいのか悪いのか未熟で判断能力に欠ける事が多い。
所が、大人になり、稽古を再開して、間もない頃、恩師の道場で稽古をしていたとき 、県警の師範が出稽古に見えられて、言われた。
「熊の稽古はこんなに、悪かったかな?高校生の頃はもっと良い稽古していたように記憶しているが、勘違いだったか、こんな稽古なら、県警に呼ばなくて良かった」
これは少なからずショックだった。大人になり再開して、何とか勝とう、当てようと、必死になっていた。それが剣道だと思っていた。
それから、師匠に言われた、もう一度基本からやり直せ、師匠に従順に従った。道具を全て外し、竹刀の握り方から直され、足裁き、素振り、切り返しだけを3ヶ月間やり直した。
そして面を着けて、掛かり稽古を中心に稽古を組み立てていった。
勿論、地稽古もするが、姿勢を崩すと叱られた。構えを崩すと注意された。
剣先を意識しろ、構えを意識しろ、足は平行にしろ、左手はへそ前から動かすな。意識することばかりが多くて、たまに出る試合になど全然勝てなかった。
悔しかった。其の業を使えば何とか勝てるかもしれないと何度も思った。だが師匠は絶対にそれを許してくれなかった。
今思えば感謝である。それを通してきたから何とかここまで来れたのだと思う。
若し担任の言う、そのままの稽古をしてきていたら、今の自分は絶対に有り得ない。教育者が、相手をごまかして打つことを教える。
それで本当の教育に成ったんだろうか、今なら言える、そんな稽古は将来が無いと・・・・・・・
だが、何処かでそんな話を目にすると、苦い思いが込み上げて来る。
8月 18 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
土曜日, 8月 16th, 2008
剣道では、見取り稽古と言う言葉が良く使われる。人の良い所を見て学べ、と言う意味で使われるのだが、聞き取り稽古は熊が自分で勝手に作った造語だ。
熊が六段受験で日本に帰国して、富山の先生方が泊まる宿に同宿して、食事に出かけた帰り道、其の頃、富山県で、たった一人の範士八段、板橋友吉範士が熊を可愛がってくれて色々と話をしてくれた。
範士は 武専出身で、身長も180cmは優に超える威丈夫だが、稽古はやさしく、若い熊たちを、時には、少しオチョクリ(おふざけ)を交えた稽古で楽しくご指導いただけた、非常に心の深い、優しい先生であった。
其の範士の話で今も、熊の心の中に深く刻まれている話がある。
範士が八段の審査を受けられたときのことである、何度か苦労をされて、合格をされたときに、とある九段の先生から、「板橋君は打たれ姿が立派だ」と言われたと言うのだ。
打たれる姿が立派これは何を意味するのだろうか、現在の剣道の試合が剣道だと誤解していたら、先ずこんな考え方には間違っても出会えない。今の試合は何であれ打たれずに打てば勝てるからである。
つまり姿勢が崩れようと、構えが崩れようと、顔をかしげて、体を曲げてでも、相手の打突を外せば一本には成らない。
また、姿勢が崩れてでも、打突部位を正確に捉えていた場合は有効打突になる場合が多い。
だから、現代の試合剣道は当てっこだと比喩されても仕方が無い。
若し剣道を通じて、心の勉強にまで自分の稽古を高めたいと考えていたら、相手の攻めに動じたり、打突の勢いに心を動かされただけでも、自分の負けだと言うことが理解できる。
その結果、打たれると言う事に、繋がるからだ。
だが、剣道を当てっこで捉えたら、打突部位に当らなければ打たれた事には成らないから、見苦しかろうが、なんだろうがお構いなしと言うことに成る。
だがここで大事なのが聞き取り稽古に成るのだ、剣道で自分を自分で辱めるか、自分の剣道を人間形成の手段として生かして行けるか、大きな分かれ道がここにある。
「打たれ姿が立派」打たれても尚、崩れないだけの自己の信念。
相手の攻めにも、打突にも、心も体も崩さない、それでこそ、心技体一致の境地が作り出されるからに他ならないと考えるからだ。
何とはなしに、耳に入る、先生方の貴重な話。其の中にはものすごい宝がいっぱいに含まれている。其の話を、宝にまで、自分の心とともに磨き上げられるか、蛇石のまま、土に塗れさせたまま置いておくか、全ては自分自身の心にあるのだ。
たかが人の話と言う無かれ、聞き取り稽古から、自分を磨く道も有るのだと言う事を、知って欲しい。
8月 16 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
日曜日, 8月 10th, 2008
昔の事だが、羽賀の親父がまだカナダに毎年来てくれていた頃、アメリカのシアトルからも沢山の人々が教えを請いに来ていた。
稽古後、熊の家に皆集まり、剣道話を質疑応答の形で、教えを請うた。其の中に大学で教鞭をとる白人が居た。
この人は、稽古熱心で、お人よしなくらい、人は良いのだが、如何せん、非常に不器用で稽古の進歩が非常に遅い人だった。
世の中には、良くそんな人も見かける。彼の場合、勉学が出来るゆえか、書物からの知識、それもかなり高度な書物を読み、禅や、武道書等から受けた知識、剣道に対する先入観が先立ち、それが邪魔をしていた。
其の彼が、こ難しい質問を良くするので、羽賀の親父が、彼に問いただした。
「コップの水を半分残し、其の後にお湯を足したらどうなりますか?」
彼が答えていわく。「温度が中間になります」
皆さんは如何考えますか?羽賀の親父は、教えを請うときは、コップの水を空にして、全ての言葉を一言一句間違いなく受け入れる姿勢が大事だと言うことを言いたかったのだが、「所変われば品変わる」では無いが、解釈も変わる?見たいな話に成ってしまった。
剣道上達の秘訣はこんな所にも隠れている。素直な心、全て受け入れる謙虚な心、剣道修行はこれが大事。
稽古の時は、何時もコップの水を空にして、お相手から、並々と水を注いで貰おうではないか。せっかく貴重な時間を割いて稽古をしているのだから、無駄にするのは勿体無い。
8月 10 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
月曜日, 8月 4th, 2008
早い物で、もはや八月。バンクーバーの風はすでに秋。爽やかに、晴れ渡る日々が続いている。今夏盛りの日本では昔、暑中稽古等と言い、暑さに負けない精神力と体力を養う為の稽古をした。
だが、昨今の地球温暖化で、気温が確実に高くなり、ヘタな稽古をすれば自殺行為に成りかねない。10年位前夏八月、富山で稽古をしたことが在る。その時気温は何と40度を少し超えていたように思う。
熊が子供の頃、夏休みの宿題で毎日の温度表をつけたことが有るが、その当時一番暑い日でも、31~2度、平均が28度くらいだったと記憶に在る。ということはその当時に比べれば10度近く気温が上がっている事になる。
これでは暑中稽古どころではない。自分の経験でも40度の中での稽古は、元立ちで45分でめまいがした。おまけにトイレに行っても小水が出ない、ちょろちょろと、洩れる感じで流れ出ていた。恐らく肉体的には物凄い負担が掛かっていた物と想像できる。
だが、此処、バンクーバーでは熊の子供の頃の気温、おまけに湿度が低い為に快適に稽古が出来る。1時間元で稽古をしても何と言うことは無い。昨夜の稽古も1時間居合い、その後二時間の剣道稽古。
マア、熊の場合は指導をしているので3時間連続で体をかけている訳ではないが、若い、連中は三時間の稽古にも集中力をじぞくさせて稽古をしているので、その快適さが分かろうと言うもの。
昔、佐藤博信範士が来れれたのも夏だったが、こんな環境で稽古が出え切ることを大変羨ましがっておられた事を思い出す。
こんな環境で稽古が出来る自分は本当に幸せものだと思う。精精この環境を十分に活かし、自分の稽古の研鑽に勤めたい。最近、自分の稽古の中で、攻めの本質が覗けた様な気がしている。一つの境地が開けたとでも言おうか。
稽古相手の黒熊を、完全に居付かせる事が、可也多くなってきた。これも快適な環境で稽古が出来る恩恵なのだと感謝している。
8月 04 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
土曜日, 8月 2nd, 2008
7月30日、ご機嫌伺いと、暑中見舞いを兼ねて、親父に電話をした。
先日来、なんとなく、気に成る事も度々在ったので、元気かと聞いたら、部屋の中で転んで、腕を骨折したと言う。
大丈夫ですか?と聞いたら、「何って事は無いさ、まあ少し不便ちゃあふべんだが、長生きしてりゃこんな事もあるさ」とけろりとしていた。
剣道で鍛えた、精神力は、さすが、だとは思うが、やはり気をつけてもらいたい、何しろ90歳を超えているんだから。
それが元で、寝込まれたら尚更大変だから。カナダからはおいそれと見舞いにいけないからね。と言っておいた。
笑っていたけど、年取ると骨も脆く、弱くなるのだろうな・・・・
気をつけてせいぜい長生きしてもらいたい、心底そう念じた。
8月 02 2008 | 新着情報 | No Comments »