Archive for 7月, 2008
日曜日, 7月 27th, 2008
以前、交剣知愛@MIXの日記の中で、北海道の錬士の方の質問に答えたもので、今、熊が実践している、羽賀の親父から聞いた秘伝の面の打ち方、間合いに関する考えかた、攻め、溜めに関して記述したものが有りますので、知る方は知っていると思いますが、知らない方のためにあえて、再度、このサイトの為に書きます。いま、この方法を全国あちらこちらで研究している方々が居られます。
其の中に大分に在住の長崎県人の錬士の方が名親で付け親でE-面と呼び稽古をなさっておられます。
間合いについて、
勝ってから打てる人、打ってから勝とうとする人、の違い。
これを説明するのは少し難しいのですが、こんな風に捕らえてみれば幾分理解が進むような気がします。
間合いは、自分と、相手との空間です。
この空間を5段階均等に分けて見てください。
つまり、A=自分の位置 A-B-C-D-E-F F=打突点つまり面とします。
通常一般の人はA~Bを攻めてて、Cで打突動作に入ったとします。
打ちに出たという事です、当然、竹刀が上がります。つまり起こりですね。
熊が心がけているのは
A~Eまで攻めます、つまり、その間は何時でも防御できる態勢が出来た状態を持続したまま、攻めて入りますから、お相手は間が近くなったと反射的に動作を起こしてくるわけです。
熊はその間まだ相手を見切り、Eを超えた、所で、打ちに出ます。
本当に最後の最後、瞬間的に打つわけです。
相手との距離空間はお互い同じですから、お互いの打突に必要な移動時間はそう変わりません。
お相手にしてみれば、熊は最後まで打ちに出ませんので、その分起こりをとらえられる時間が短いということに成ります。
そしてそのことが熊にとっては確りとした為に繋がるわけです。
当然、Bで打突を始めた人は、途中変更が効きませんから、返されたり応じられたり、出鼻に乗られる率が高くなるという訳です。
つまり、打突時点が早い人、早く竹刀をあげた人が、打って勝とうとしている人で、竹刀を上げるのが遅い人が勝ってから打てる人と言う事になるのでは無いでしょうか。
お互いの攻め合いでどちらが先に手を上げたか、攻め負けたほうが先に手を上げる、つまり打って勝とうとするわけですね。
ですからA~D&Eまで間が詰まりますから、打ち間は近間という事になる訳です。
ご理解頂けたでしょうか。
手前味噌かもしれませんが、これは仲間内では大反響を呼び皆さん研鑽されておられます。質問も沢山来ました。
一度、ためしに研究されては如何でしょうか。
7月 27 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
土曜日, 7月 26th, 2008
最近、むちゃくちゃに仕事が忙しい。バンクーバーの特色で、観光ビジネスがあるからか、夏場になると、レストラン業界も忙しい。
昨年、11月に新工場を始業して、仕事のキャパシティーが増えたこともあり、売り上げが40%も伸びている。此方から営業に出たわけではないのだが、新聞で評判の良い精肉卸問屋トップ3の中にランクされた事も大きいのかもしれない。
トロント地区や、モントリオールは、逆に夏期休暇を取る人が多く、レストランは暇に成ると聞いた。俗に言うホリデーシーズンという訳だ。
そんなわけで、注文の量、件数がドンと増えて、日中は忙殺されてしまう。それで、中々書き込みも出来ないでいるが、熊は剣道のプロではないので、生活の面から見れば、仕事が忙しいと言うことは喜ばなければ成らないのだ。
6月に日本から帰国以来、完全に丸一日休んだのは2日しかない、ナンダカンダ、仕事で店に駆り出されている。給料が変わらないのが難点だが・・・笑
だが、その仕事が忙しいお陰で、好きな剣道もできる。そして小遣いを貯めて日本にも行けると言う寸法だ。
業績不振であれば、下手に頭を悩ませ、心配事が増えて、剣道どころではなくなる。有り難い事だと、天に感謝している。
人間とは、生活状態で、精神作用が非常に大きく左右される物だとつくづく思う。剣道で、精神を鍛え、不動心を学んでいるとは言え、不調であれば心のどこかに、暗雲が指す。
勿論物事は考え方一つな訳だが、其の考え方に初めから好影響を及ぼすのと、およばさないのとでは、雲泥の差があると言うことだろう。
気が暗くなれば、気を病み病気になる、気が明るくなれば陽気になり積極的に成る。この差は大きい。気を明るく保持することで、生活状態も積極的になれる、と言うことは少なからず剣道にも好影響が出てきて、剣道の攻めが強くなる。と言うことに成るのだと思う。
最近、自分でも又一つ上に行ける様な気がして、稽古に取り組んでいる。
7月 26 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
月曜日, 7月 21st, 2008
7/20日デンマーク、ナショナルチームに所属する、Jakob Schmidt選手がカナダに移ってきた。
彼は4段だそうで、デンマークでは鳴らした選手であったらしい。事前にメールで知らせてきてくれていたので、すんなりと道場に溶け込んで稽古を始めた。一通り、素振りから打ち込みまで見せていただいたが、そんなに変な癖も無く、良い指導を受けて来ていたようだ。
マア、細かい点を上げれば限が無いが、それは彼が気付けば徐々に直して行くであろう。養心館では技を教える時、必ず事細かに理合いを説明しながら教えるので、どちらが良いか直ぐに分かるはずだからだ。どちらの動きが理に適った動きになるか、普通の理解力の在る剣道家なら一目瞭然のはず。
さて稽古、彼は一番に黒熊に掛かっていった。初めの二、三本中段で使っていたが、適わぬと感じたか上段に構えを変えて、挑んでいたが、黒熊は上段相手も苦にならない。そのうち黒熊自身が上段で相手をしていた。
可也、面食らったようだ。そして熊の所にも来て、中段から上段に変えて稽古をして、熊も途中から上段で相手をした。相上段の稽古は慣れて居ないらしく、戸惑っていたようだが、上段のセオリーを教えて、打たせてみた。左片手で打った時、まだ、左肘が上がるきらいが在るので打ちが流れやすい。そこで肘をもっと中に入れるように指導して、おろすときも力まないでストンと落とすよう指示をした。
中々素直な性格らしく、確り聞いて直ぐに直す努力をする。中々好感の持てる人物でした。
熊との稽古の後、完全に息が上がったか、下座で面を外して一息入れて再度面をつけて初心者やアキラあたりと稽古をしていた。アキラくらいが丁度良い稽古相手のようで、結構、楽しめたのではなかろうか。
又、面白いメンバーが増えた。来年のブラジルの世界大会彼もデンマークから出場するらしい。彼にとっては本国デンマークで稽古するよりは、よほど稽古になることだけは間違いが無いようである。
7月 21 2008 | 新着情報 | No Comments »
日曜日, 7月 20th, 2008
と言っても、別段取り立てて言うほどのことも無いのですが・・・・
熊は普段、殆どが養心館の同じメンバーの下の人と稽古をします。
そこで、どうしても自分の緊張感が薄れることがありますので、そんな時は、自分のハンディーをつけて稽古をします。
其のハンディーは、相手には言いません。自分の心の中だけでハンディーを課します。(でも相手には稽古中に解る筈です)
相手の強さにより、其のハンディーはまちまちです。
たとえば、この相手は何が何でも面だけで勝負をする。
特に背の大きい相手、スピードの速い相手、大砲、アキラ、黒熊、当りですかね。
相手は何処でも打ってきますから、此方はものすごく不利です。それを対に、五分五分に持って行く努力をする。ただ打って出ても、簡単に当る相手では有りませんから、面に出るまでの間の取り方、攻めの工夫が非常に必要になります。
又、別の相手には必ず突きを取る。狙って、狙っていきますから、当然相手は突きを警戒します。それでも、必ず、突きを取る。とか・・・(これは必ず仕留めるまで遣ります)
相手は突き狙いと解りますから此方が非常に不利になる。それでも突きを慣行します。突きを交わされて打たれることが無いように、機会と、攻めの工夫が大事に成ります。機会を完全に作らなければ突きは成功しませんから、無駄打ちが無くなる努力に繋がります。
この相手は絶対に姿勢を崩さないで稽古をする。ハッとすることの無いように、自分から常に攻めて居なければなりません、ものすごい緊張感が必要ですし、油断が出来ません。
ですから、自然に攻めが強くなります。打たれなくても、崩れたら熊の負け。とか、色々自分に厳しく、不利な状態に追い込み、負荷を加えて稽古に望みます。
それで、相手と状況により、負荷を変えて工夫をします。それで稽古に張りが出るし、変化が出る。
マンネリした稽古では自分のためにも相手の為にもなりません。
同じ相手でも、自分の工夫次第では違った相手になる。
下の稽古相手でも自分より強い立場において稽古が出来ます。
面白いですよ。
7月 20 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
土曜日, 7月 19th, 2008
最近、稽古の中であれこれ考えることも無くなって来た。若い頃は色々拘りを持ち構えが如何の、剣先が如何のと、肉体的に矯正できるところは、こだわり続けていたが、最近其の拘りが無くなった。肉体に一々気を使わなくなったといえばいいのだろうか・・・・
だから、稽古中は、殆ど何も考えずに、本能が司るまま稽古をしている。体が勝手に動く。
また勝手に動いて打たれる事も有る。それもまた楽しい。全てにおいて、自然に本能が命じるままに稽古をしている。
だからだろうか、長年の稽古で、だんだん納まるところに納まってきた様な気がする。一応、肉体的な動作に関して、一応の完成度、いや、肉体的、限界を見たのかもしれない。後は心の問題だけに成ってきた気がする。
勿論60を超えれば肉体的に、落ちない稽古には心を配らなければ成らないが、この年から、筋力の発達は望むべきも無い。だから心の問題に移行しているのだと思う。これが自然なのだとも思う。
心の問題で、一番早く、取り組んだのは、ハッとしない事だ。50を過ぎた頃からだと思う。ハッと息を呑めばそこが隙になる。
つまり居付く事に成るからだ、で大分ハッとすることが少なくなってきた。「クンパハカ」のお陰だと思う。これも取り組んで、なんだかんだ10年は掛かった。
そして、今取り組んでんでいるのは、欲を出さないことだ。下手に欲を出せば見えるものが見えなくなる。そこを打たれることが多い。心が曇るからだ。
其の欲も大分消えてきた。飾る心も消えてきた。今、剣道と戯れている。そんな表現が当てはまるのかもしれない。稽古が楽しい。ただそれだけで、稽古をしている気がする。
いよいよ、納まるところへ納まってきたのだと実感している。だがまだ、自己の剣道が完成した訳ではない。本当に、棺おけに納まった時が、其の時点で熊の剣道が完成した時なのだろう。
7月 19 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »
日曜日, 7月 13th, 2008
羽賀の親父から聞いた。禅の言葉だそうだ。
憤志は「怒りをもつほどの強い意志で、修行に取り組むみ、絶対貫徹の志で修行をする。」意味だそうだ。
だが正直、今までの熊にそんな意志があったとは、恥ずかしながら口が裂けてもいえない。ただ好きだから遣って来たに過ぎないし、まだまだ、貫徹したとはおこがましくて口にすることがはばかられる。
では次の、大疑これは如何だろうか。
「自己対する厳しいまでの心理の追求。本当此れで良いのか?徹底追求。」
これは、自分自身疑り深い性格でもあったから、あーだ、こーだと、考えを廻らせていたように思う。特に精神的なこと、技術的なことは、大範士の先生方をを、目標にしていたので、それは色々悩まざるを得なかった、と言うのが本音だ。これは今もづーと続いている。
絶えず、自分の剣道に疑問があるし、それを貪欲に追求している。
かといって、切羽詰って窮屈には考えていない。まあ、どちらかと言えば、それが楽しいと感じる程度に追求している、研究するのが楽しいのだ。
三番目の、信根は如何だろう。
「自分は正しい修行をすると言う強い信念。目先の欲に囚われず本道を行く。」
と言うことらしいが、これは別段深く考えていない。何故なら、それは、今まで教えを頂いた先生方に憧れを抱き、其のまま、真似ていけばいいと考えているからだ。
正しい、師匠に素直な気持ちで着いて行けば、当然それに感化されていくわけだから、道を踏み外す心配は殆ど無い。
ただ、我欲に走れば何処にでも落とし穴はある。穴に落ちるか落ちないかは自分の我欲次第だから、身を処して欲を出さずに、世道に剣道に取り組みさえすれば、ほぼ、間違いは無いと思う。
やはり、自分の場合は、「大疑」これが、自己の剣道の工夫の根源になっているような気がする。
7月 13 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
日曜日, 7月 6th, 2008
今、自分の稽古の中で、一番気をつけて稽古をしているのが姿勢。
年と共に幾分背中も丸みを帯びてきたようだ。これは決して良いことではない。だがそれより何より、自分が打突するときの崩れ、受けに回ったときの崩れ、これが物凄く気になるのだ。
稽古中そんなに崩れているわけではないのだが、相手が面に来たときに 、あわせて打つ出小手この時にややもすると体が左に捻る事がある。
それと、相手に完全に面に攻められた時、幾分顔を傾げてしまう事、この二つ位だが、やはり崩れないほうが良いに決まっている。
此方が相手を引き出して、面に来るところを応じ胴で返すのは先ず崩れることが無い。面を打つときも、よほど相手の打ちを交わしながら、打つときも左程崩れることが無くなって来た。
だが出小手に応ずるとき体が崩れるのは、機会が遅れているからに他ならない。自分から相手を上手く引き出して小手を打つ場合は崩れが無いからだ。
それと、やはり、相手に攻める機会を与えてしまって受けに回った状態での面の攻撃には、顔が傾くのは、やはりこれも一種の出遅がなせる業なのだと気づいている。
姿勢が崩れる=心が崩れる=心の準備が出来ていない=出遅れると言うことに成るのだと思う。
高々、1時間の地稽古、何とか僅かでも崩れることが無いように心がけてはいるが、中々に難しい。まだまだ未熟である。
7月 06 2008 | 剣道考察日記 | No Comments »
土曜日, 7月 5th, 2008
昔、20代の頃、構え方がどうのこうの、姿勢がどうのこうの、剣先がどうのこうの、竹刀の握りがどうのこうの、と未熟ゆえに、色々とこだわりを持ちながら、稽古をしていたように思う。
それはもう本当に、微に入り、細に要り、工夫を重ねていた。また其の工夫をすることが楽しくて仕方が無かった。勿論、其の工夫が、上手く行くこともあれば、駄目なときも有る。
しかしながら、だんだん、自分の剣道が進化していくに連れて、工夫の方向性に、一種の自信みたいなものが芽生えてきた。
それは何故かと言うと、自分の周りに居てくださる先生方が超一流の先生方で、考え方が皆さん同一方向の指導をなされていたからだと思う。
先ず、子供の頃、初めて剣道を習った先生は、岩上先生。当時三段。最終的には五段になられたのだが、其の先生が教えてくれた構え、いまだに熊の頭の中で生き続けている。高々三段の先生が、左手の納まり、骨盤の維持のし方、等、知っていたのだから驚く。
そして、少し稽古が出来る、高校生くらいになると、立野政治七段、攻めの強い剣道で、何時もふらふらに成るまで仕上げられた。其の先生の強い攻めのお陰か、熊自信も攻めが強い方だと自認している。と言うことは、其の立野先生の指導が、いまだに生きているのだと思う。
そして、熊の剣道人生を完全に変えた、師匠、村雲清信七段。
この方の剣道理念、またそれを実践される人間的にもそれは素晴らしい先生で、この先生との出会いが無ければ、絶対に今の熊はありえない。それほど大きな存在価値の有る先生でした。
この先生のお陰で、幾多の素晴らしい先生方との出会いが熊の剣道を進化させ続けてこれた、最大の要因でしょう。
渡辺敏夫範士、堀口清範士、小川忠太郎範士、西善延範士、榊原正範士、森島建男範士、羽賀の親父も村雲先生の引き合わせでした。
其の羽賀の親父のお陰で、楢崎正彦範士、中西康範士、井上義彦範士、佐藤博信範士に可愛がられて、警視庁の錚々たる先生方にも知己を得ました。
名前をあげれば限がありません。師匠の教えに忠実にこだわり続けた、其の証が今の熊の剣道を作り上げ、さらにこれからも進化し続ける原動力になっているものと思う。
剣道では、無心になる為に、拘りは持たぬほうが良いと言う。
だが、無心になりきれる境地までは相当の時間を要する。だから、良い拘りであればどんどん、こだわり続けたほうが良いと思う。
それが、自己の剣道を昇華させる最短距離を走れる道だと信じるからだ。
7月 05 2008 | 熊のつぶやき | No Comments »