Archive for 7月, 2007

「稽古が楽しい」

金曜日, 7月 27th, 2007

最近仕事が忙しく、中々に書き込みが出来ない日が続く、忙しいと言っても、人で不足が祟っているだけなのだが、夏場は総じて忙しいので、覚悟はしていた。

しかし、どれだけ忙しかろうが、稽古だけは必ず出ている。仕事で疲れた体と頭をリフレッシュするには剣道ほど最適なものは無い。

それは、打たれると言う事があるからだと思う、人間本能で打たれることを嫌う、その為に真剣になり切れるので、稽古中頭の中は、剣道の事だけで、他のことは考えて居る余裕等ないのが当たり前、だから頭の切り替えが容易に出きる。

昨日も、仕事後、白熊とギリギリに、道場に出かけた。最近、試合なども無いので、基礎、筋肉の使い方を指導している。特に、背筋と、身体左側だ。最近の試 合偏重の剣道の中では、当てようとする本能が先立ち、どうしても右手打ちに成りやすい。だから、左を鍛える事がどうも疎かに成ってきている気がする。

昔、関東学生が遠征でカナダに来た時、日本側の監督を務めていた、某氏が、黒熊の背中の筋肉を触り、東京の大学に勧誘していた事を思い出す。又、最近の選手の中でも、宮崎正裕選手の背筋が人より図抜けて強いと言うことが本に書かれていた。

背筋の強さは剣道では非常に大事な要素になるということだ。逆に見れば背筋の弱い選手は将来性が薄いと言う事に繋がる。そこで背筋を使った打ち方、素振りの仕方、左片手で、思い切り竹刀を振らせて、片手で打つ事を遣らせている。

昨日、白熊は、一人の非常に熱心な中学生、を鍛えていた。これは熊が指示をしておいたのだが、将来、彼をカナダを代表する選手の一人に育て上げたい気持ちがある。
そこで、彼が出きる極限まで追い込んで稽古を付けるのだ。彼はまだ子供、まだまだ甘さが出て、やっと堪えているが、そのうち、死地からの命がけの生還を果たすような気力が備わるに違いない。それを願って、心を鬼にして鍛えている。

これはわざと言うより、気力と体力の勝負だ。気力も体力もまだまだだが、でも何とか荒稽古にも耐えていた。これを遣るのと遣らないのとでは、将来気力の強さは俄然差が出てくる。勿論稽古をつけるほうも体力と気力が要る。

道場の中でそんな荒稽古をする組があると道場全体の空気が引き締まる。そんな張り詰めた中での稽古は気合も入り、気分も乗るので非常に盛り上がる。昨日もそんな楽しい稽古が出来た。

7月 27 2007 | 熊のつぶやき | No Comments »

白隠禅師

土曜日, 7月 21st, 2007

最近、読んでいる本で、白隠禅師の逸話集が在る。
白隠禅師は、無刀流開祖、山岡鉄舟の禅の師匠だ。そのほかにも、白隠さんは沢山の大大名にも禅を紐解いた方だ。

その人なりは飄々として、ユニークな方なのだが、明治の時代にまで生きた方なので、記録が確りしている。
その白隠さん、その修行の激しさは、そのユニークさとは裏腹に物凄い修行を積まれたらしい。
いや、逆に言えば、その激しい修行がゆえに、人間としての在り方が出来上がり、どんな時でも泰然自若としておられたのであろう。

まあ、時代が時代だが、大名を叱り付ける禅坊主もそうざらには居まい。
相当の覚悟が要るはずだ、まかり間違えば首が飛ぶ、それを物ともせず叱れる勇気。
真人の修行をしていたから出来たことで、われわれ凡人の及ぶ所ではない。

今の剣道界を見渡しても、いろいろ言われているが、本当の勇気の在る、腹の出来た方が存在しないという事だろう。
目先の欲似振り回されて、自分の保身に、功名心にだけ煽られているような世界では、本当の剣道修行など、白隠さんから見れば、臍茶物に違いない。
マア、日本全体が可笑しく様変わりをしてきている背景を見ても何も出来ないのだから、言うだけ無駄なのかもしれない。

恐らく、現代では、小川忠太郎先生没後に人物は居ないことだけは確かなようだ。
こんな事を平気で言う、だから熊は嫌われるのだ。分かっている別に嫌われたって何の事はない。
正しい事は正しいのだ。

真理は真理なのだ、天は嘘をつかない。連綿と、老害を垂れ流しにしている、何処かの連盟の会長、役員よりはましだと思うからである。

試合を偏重する余り、勝ち負けにこだわり、負けた選手を未だに不甲斐ない等と、言い捨てる。


自分達が指導してきた剣道が可笑しいから、負けただけの事ではないか、その責任を選手にぶつけ、のうのうと会長職に留まる。昔から言う、敗軍の将兵を語らず、こんなことさえ出来なくなっている。

その会長の首に鈴さえつけれない、保身、功名心の固まり連中には、出来るはずがない。
剣道が何処に行くか、このままでは、当てっこ剣道から、絶対に脱却できない事だけは確かなようだ。

白隠さんの逸話集を読めば読むほど、その偉さに心を打たれる。

7月 21 2007 | 剣道考察日記 | No Comments »

「昇段審査」

月曜日, 7月 16th, 2007

昇段審査。今年の七段審査、8%台の合格率に成ったと聞いた。熊が7段を頂いた時は確か10%台だった記憶に有る。そして、七段受験者が口々に言う。「厳しくなった」と
本当にそうなのだろうか、厳しくなったのだろうか。

確かに数字だけを見ていれば、2%狭き門に成った。だが、この合格率は、全剣連が決めた訳ではありますまい。審査委員をしている友人から聞いたが、そんな指令は審査前に全剣連から無かったと聞く。

と言う事は、受験者のレベルが下がったと言う事に成りはしないか、熊が七段を頂いたとき、その時、富山から3人の合格者が一度に出た。当時県剣連の理事長の板橋範士が、大変に喜ばれた。県剣連、始まって以来の快挙だと。


つまり審査は、良い人が受かる、と言う単純な事なのだと思う。10人受けて一人も通らない県だってある。その時その時の審査で、受験者が、審査委員の心を打つ立会いをしていないから、合格が得られないだけなのだと思う。

最近、生涯剣道と言う事で、剣道のリバイバル剣士が大勢出てきた。若い頃竹刀を握り、一次は剣道離れをしたが、大人になり、時間的余裕も出て来て、又、剣道を再開される大変に嬉しい事ではあるし、頼もしい事だと歓迎している。

そんな方々が大勢七段挑戦しておられるのだと思うが。ここで一つアドバイスをするとすれば、審査は試合ではないと言う事。その方の剣道のその時点での集大成を、観て頂いているのだという事です。つまり6段であれ7段であれ、見るところは同じなのです。

いや、極端な話5段も4段も一緒なんです。どれだけ剣道が出来ているか、それを審査している訳で、当てた本数を審査している訳ではありません。

姿勢正しく、大いなる気勢で、相手を攻めて、機会と見たら思い切り捨てきる打突が出きるか、出来ないか。その打突機会が正しいか、正しい機会であれば技が決まりますから、それを見ているわけです。

よしんば、お相手が良い機会に打たれて首を傾げて逃げたとしても、打ったほうは其れなりに評価されているのです。勿論業は正確に決まれば決まる程、文句はありません。
逆に打たれて、首を振り逃げて難を逃れたとしたら、その方が原点対象になります。

若し何度も何度も受験に失敗しているようであれば、先ず其処をお考え下さい。
熊自体は、8段審査以外、落ちた事がありません。大変幸運だったと感謝しています。ですが、努力はしていた積りですので、合格して当然だ位に思っていました。

これは決して、慢心ではありません。これだけ遣った、これで滑れば仕方が無い、と言うところまで遣っていました。まあ、さすがに八段とも成りますと、そう言う訳には行きませんでしたが、七段までは一般剣道家の何方でも到達できる位だと、熊は信じています。

7月 16 2007 | 熊のつぶやき | No Comments »

「基本打ち」 

土曜日, 7月 14th, 2007

昔、榊原正範士に言われた事がある。「基本の形を早く体に取り入れ、その基本の動き、打ち方を、稽古や実戦に使えるようにしなさい」と

実際、養心館でも毎回の稽古で、45分は最低でも基本打ちをする。特に面打ちに関しては時間を割いている。ところが、実際の稽古に成ると、その打ち込み稽古で練習している、打ち方そのまま打ちに出てくる人は、極少数だ。

熊の剣道仲間で、上手い事を言っている人が居る。
ゴルフの素振りは皆名人。だが目の前に球を置くと、皆凡人に成る。
又、剣道でも素振りは皆名人。だが面を着けて、相手の前に立つと皆可笑しくなる。と

これ等は全て、心の問題なのだと彼は説いている。確かに熊もそう思う。
熊の生徒たちも、基本打ちの稽古では皆それぞれ立派な打ち方で面を打つ。だが実際の稽古になれば、手と足がちぐはぐに成ったり、姿勢が崩れたりする。面白いなと思う。

熊は有り難い事に、27~8さにの若さで、榊原範士からその教えを受けたので、それが出きる様に、常々心してきた。だが、そんな打ち方が身に付いてきたと感じるのは極ここ数年のことなのだ。正確に言えば7~8年位前から、何と無くそれに近づいてきたカナと感じている。

14~5年の時間が必要だった事になる。ここを読んで頂いている、賢人の方々はそんな時間は必要では無いと思うが、それでも其れなりの心構えで取り組まなければ、中々身には付かないのでは、と思うのである。

稽古の中で、基本打ちの如く、面を打つ。姿勢を崩す事無く、胴、小手を打つ。
簡単に出きるようで、中々出来ない。と言う事は、正直、基本が身に付いていないと言うのと同じ事だと思う。

基本、されど基本、我々剣道家の課題はどれだけ基本通りに、稽古の中でお相手を打つことが出来るか。やはりこれも50年は掛かる仕事なのかもしれません。

長年お稽古されている方々が、六段審査、七段審査でご苦労されているのは、ここに、大きな秘密が隠されているのだと考えています。

基本通りの打ち方でお相手を打つことが出来て、審査が滑る筈がありません。
逆に考えれば、基本通りに打てて居ないから滑るのだと考えれば、答えはは自ずと見えてきます。

常日頃、普段のお稽古で基本通りにお相手を打つことを、心掛ける事が非常に大事だと確信しています。

7月 14 2007 | 熊のつぶやき | No Comments »

「強くなる事が修行」

金曜日, 7月 13th, 2007

熊が、7段の頃、中西康範士に、「八段受験を目指し、京都大会に参加するように」言われた。そろそろ準備として、自分の実力と、剣風、名前、顔を先生方に覚えてもらい、受験の準備をするように。それで、受験資格が来る、5年前から、京都に出かけた。

海外に住んでいても日本の一流の範士の方々が、何かの機会でカナダに来られていたので、かなりの先生方とは懇意にしていた。京都では毎朝出きる限り先生方に掛からせて頂いた。

勿論、試合も出させていただいた。確か初めての立会いは、富山剣道連盟から出場させていただいたように記憶が有る。その年の夏、日本の警視庁の主席師範 で、後にに九段に成られた先生から熊はカナダで活躍しているのだから、カナダから試合に出なさい。又審査もカナダから受けなさいと言われた。だから、二年 目から、カナダの選手として参加させて頂いた。

不思議な事に、7段で8回、京都大会に参加させて頂いた中で、7勝1引き分けの成績で、有った。有る時、有名な大阪の7段の先生に30秒で秒で2本勝ちし てしまった事があった。その先生は大阪府警の先生らしかったのだが、此方はお相手の強さを知らないから、普通通りにやったのがマグレで勝てたという事だろ う。

西善延範士からは、「上手く使ったな」と言われるし、小沼範士からは、全剣連のテントの中に居た、数人の先生方に「熊強し」の話しが出たらしい。
熊は、相手を知らないから、先入観が無い。唯それだけの事だと思っていたが、
全剣連のテントの前を通りかかった時、顔見知りの某範士から、「あまり強くなり過ぎると敵を作るぞ」と、たしなめられた。不思議な事を言われるものだと嫌な感じがした。

その時非常に不審に思ったのは、剣道は強くなるための修行では無いのかと言う事である。今まで、剣道の稽古はすれば当然強くなる、又強くなる為に稽古をしているのだと考えていた。だが、その人の目から見ると、どうも違うらしい。

だが、その後も偶然は続いた。毎年勝ち続けた。一度だけ、2月の交通事故の鞭打ちを抱えたまま参加したとき、初一本被き小手で、先制されたが、すぐに面で取り返して、
引き分けた事が有る。それが七段では最後の立会いになった。

だが、八段での立会いは三戦三引き分け、中々簡単には勝ちを頂けない。
だから、変に、敵も作らなくて良く成ったのだと、変な納得をしていたりもする。

7月 13 2007 | 熊のつぶやき | No Comments »

猫に小判

金曜日, 7月 13th, 2007

猫に小判、どんな意味に使われるのであろうか、猫はお金の使い方を知らないから、小判を持たせても無駄だ、と言う意味なのか。

だが、良く店に飾って在る招き猫には小判を持たせて在るものが在る。何か他に意味が在るのだろうか、不勉強な熊には分からない。

昔、小川忠太郎先生と話をしていた時、3歳の赤子が、禅の高僧と出合ったとしても、そのお坊さんの徳は分からない。と言われたことが思い出される。
詰り、猫に小判と言うのと同じなのではと考える、だが、これは何も赤子とだけは限らない気がする。

我々が学ぶ剣道、お互いに相対して、其処から学び合う物、それは、大変に奥深い物が在ることは疑いを持たないが、では、その奥深さをどれだけお互いが感じあい学び合えるかと言う事に成ると、一寸,待ったを掛けなければ、話は出来なく成るのではなかろうか。

剣道人の会話の中で、良く耳にする言葉で、お互いが剣先で物語をする。剣先で話し合う。と言う話が出る。これはお互いの力が在る程度拮抗しているから話し合いも出来るのだが、若し、力の差が大きい場合は話し合いも何もあった物ではないはずだ。

我々が日ごろお稽古を頂く中で、お相手の方々から何かを学ばせて頂いている訳だが、その学び方を知らない人がお相手に来たら、それこそ話し合いには成らない。

だから、剣道は、どんな相手の方とでも遣れば良いという物でもないようだ。だが限られた中でのお相手、その方たちにも話し合いの中に参加していただける努力も必要になって来るのだと思う。

剣道は、何だかんだ言っても、お相手がいなければ、剣道には成らない。この辺にいつも難しさを感じてしまう。

だから、段々出稽古に行かなくなるのだと思う。自分の道場の生徒なら話もして聞かせる事ができる。
だが他道場では気をつけないと、其処の先生の顔を潰す事にも成りかねない。

先生方が、剣先での話し合いの意味すら分からない連中が先生をしている事が多いからだ。

だが先生としての変なプライドだけは持っている。だから熊から学ぼうとはしない。熊に良いカッツコウされるのが嫌なのだ。だから此方も無理には出かけない。
そんな煩わしい思いをする位なら、一人稽古の方が余程身に付く。

前回日本から有名範士がカナダに来ている事を、噂で聞いた。熊の処には何の連絡も無かった。だがその範士は熊とも顔見知りだから、カナダに来ているのに、 挨拶が無かったなどと言われたら、心外だから、出掛けてご挨拶をさせていただいた。

熊は、千葉範士がお見えに成る事はカナダ西部、シアトル近郊の道場主全員に連絡をし招待をした。
それが剣道家の礼儀だと信ずるからだ。剣先での話し合いをする前に、剣道家としての礼の心から学ばせねば成らない程格差が在る。猫以前、そんなカナダの西部地区で熊は剣道をしている。

7月 13 2007 | 剣道考察日記 | No Comments »

手と足

土曜日, 7月 7th, 2007

剣道は、先ず視覚神経で相手の動きに対処する。相手の気を読む等とは可也熟達した人のいうことで、殆どの剣道家のレベルでは、視覚に頼っていっても過言では在るまい。
目で見えたものを脳が瞬時判断して、如何対応するか決めているのだ。若し、剣道する人が全盲であれば、剣道は成り立たない。
これを以前、研究された方がいたらしいが、答えは全盲では剣道は不可能と言う結果しか得られなかったと聞く。

先ず相手の動き、気配を、視覚で脳に伝達され、それが、反射神経に伝達されて、こちら側の動作を起こす。ということだと思う。
それでは、脳で感知した信号を、どのように、体に指令を出すのであろうか。多分、脳に近い部分から伝達されるであろうことは容易に想像できる。
詰り、足より手のほうが伝達が早い、ということに成ると思う。

ご自分の稽古を振り返って頂ければ分かると思うが、足より手が先に動くのが通常だ。
だが、高段者の中で、極まれに、今は非常にすくなくなった、スピード重視の剣道に変化した為だと思うが、非常に足捌きの良い範士の方にお目にかかる事が在る
構えを崩さず、足で間合いを取り、お相手の攻撃を裁く。最近は少なくなったが一昔前は、こんな沢山の範士にお目にかかれた。

剣道で、本当に凄いと思うのは、そう言う運動神経や、反射視神経を超越して、初めて求める運動が出来るように成ると言う事だと思う。
先ず自分の剣道のレベルを引き上げたいと感じたら、手よりも足の動きに重点を置いて見るのも又面白いかもしれない。
手は、ほっておいても、脳の指令に順応性が高い。だが足は中々そうは行かない。だから、そうでない所から、不自由な所を、自由を得るようにするのが、早道だと考えている。

7月 07 2007 | 剣道考察日記 | No Comments »

「踵サポーター」

木曜日, 7月 5th, 2007

昔、師匠から「体に痛いところが出るのは、その筋肉を間違った状態で使っているからだ」と言われた。「本当の自然体は、体の全ての筋肉が自然に無理な負担無く使うから自然体なのだ」とも言われた記憶が有る。

勿論、剣道は有る面では格闘技、だから、筋肉負担が大きく掛かる事が有る。だが、剣道の場合殆どが自己の行為。打突にしろ、返し技にしろ、体当たり以外、相手からの力で筋肉負担を強いられる事が少ない。

と言う事はやはり、自己の動作、だから、正しい使い方をすれば、気肉負担は少なくなると考えられる。先日、熊の生徒が、講習会に参加した、その時右足の踏み出し方について、の説明があったらしい。

熊は、羽賀の親爺譲りの指導法を取り入れて、右足は低く幅広く踏み出すように指導をしている。目的(打突部位)は上でなく前であるからである。それに、そのやり方のほうが腰の平行移動が容易で左足蹴り出しの力が無駄にならない。

処が、その講師の方は、足を上に上げてそれで膝を前に出せと指導していたらしい。
これでは足がニ拍子になり、おまけに体重が一度上に上がる事に成る。
それでは鋭い蹴り足による一拍子の打突等は出きる筈が無い。

そこで疑問に感じた生徒が講師に問うた。「前足を上げると戻り足に成り、踵を傷めませんか?」と聞いた。そうしたら講師はこう答えたそうである。「その為に踵サポーターが有る」その話を聞いた熊は????と思ってしまった。

オイオイ、かかとサポーター成るものは、我々子供の頃には無かったし、我々の道場では着ける事を恥としている。何故なら足の使い方が悪いからそんなものを使わなければならない。正しい足捌きで打ち込むならそんな物の必要が無いという事だ。

これは羽賀の親爺も非常に煩く言われていた。踵サポーターは自分の悪弊を直すのではなくて、かばう物だ。そんな物を使っているから何時までたっても悪い癖が直らない。だからそれを使わなくても良い、踏み込み足を覚える事が大事なのだと。

だから自慢ではないが、熊の道場メンバーは、コンクリートの上で稽古しているが、踵サポータをしているものは一人も居ない。傷めない朝捌き、打突踏み込みを実行させている。

こんな間違った事を平気で教えていく。日本で有名範士かもしれないが、とんでもない事を教えていくものだと思った。その他、彼の指導で疑問に感じた事は沢山あったのだが、自分の道場の生徒の参加が少なかったのでほっとしている。

そして、その指導方法を聞いていて、疑問を感じた、我生徒はそれだけ勉強していたと言う事であろう。この頃、情報が氾濫しすぎていて、何が正しいか、何が 間違いか解らない状態に成って居る。正しい情報の元に稽古できる連中は幸せだが、そうでない連中は、悲しい思いをせねば成らない。

昔から言う、「三年待ってでも、良師を選べ、金の草鞋を履いて、師を探せ」と
今になって、良師の元で稽古させて頂けた事を、感謝せざるを得ない。

7月 05 2007 | 熊のつぶやき | No Comments »

一拍子の打ち

月曜日, 7月 2nd, 2007

昨夜の稽古で、一拍子の打突を指導する中で、生徒に分かり易く説明した。その時、気づいた事が有る。

俗に言う、一拍子だが、その一拍子も分解すれば、三段階の動きに分かれるのではないのだろうか、その方が自分自身も動きが理解しやすいし、遣る方も簡単に理解できたようだ。
先ず、一拍子の打ちは0から100への移行では有るが、タダ、漠然と0から100には移行できない。

そこでこんな風に考えた。

①打とうとして、気が前に出る、幾分体重が前に乗る。
②打突動作に入る為に、左足で床を蹴り初め、右足を床に摺らせて、体を前に移行する。
③最終的に、右足を踏み込むと同時に撃つ。

①と②の間は上半身に動きが無い。どちらかと言えば剣先を中心から割ってはいる攻めの状態。
③で初めて竹刀が動き右足の着地と同時に竹刀が面を打つ。

と言う風に三段階の動きが有ることに気付いた。
①の段階は気の起こりとも受け取れる段階。
②は攻めの持続、実行の段階、勿論、気攻めは最初から持続していなければならない。
③で上半身が打突をカタチ作る段階。この時、左足の蹴りの力が最大限になっている。



勿論これらは全て連動していなければならないが、俗に言う一拍子の打ちでも分解してみると非常に分かり易くなると思う。

7月 02 2007 | 剣道考察日記 | No Comments »

リバケン

日曜日, 7月 1st, 2007

俗に一時期剣道から離れて、剣道に再度復帰された方々を、リバイバル剣士、からリバケンと呼ぶらしい。

実は、熊もリバケンと言えばリバケンなのだ。高校を卒業後、6年間は、殆ど竹刀は持たずにすごした。

1年に一度か二度は何らかの事情で、仕方なく持った程度。だから完全なリバケンと言えると思う。

昔の、先生方も殆どの方がリバケンなのだ、何を言おう、わが師、羽賀忠利も戦後何年間は竹刀を手にしていない。それは戦中を生き抜いた剣道家は全て同じ条件の下にさらされたわけである。

戦後、7年間はGHQにより剣道禁止令が発令されていたからである。隠れてやっていたと言う方々も居るにはいるが、さほど多くの方々が、隠れ稽古をしていた訳ではない。

食糧事情が悪く、生き抜くだけでも大変な時代で有る。
剣道の心は持ち続けても、実際は、稽古が出来ない日々を送られた事は間違いない。


中には、楢崎九段の如く、戦犯容疑で刑務者暮らしを余儀なくされた居た方や、公職追放の憂き目を見ていた剣道家がどれほど多いか。

その事を考えれば、現代の、我等が、リバケンに成ったのと、同じ条件ではないか。そう思うと、気が楽になる。

大丈夫だ、自分達もこの後の努力次第では、範士の道も開かれていると言う事になりはしないか。

熊が此処で言う、範士の意味合いは、何も名誉的なことではなく、修行としての範士の位にまで自分を昇華させていくことができるということを言いたいのだ。

リバケンだろうが、高齢から始めようが、剣道は誰にでもその努力に公平に報いてくれる。

だから、泣き言はいっさい無い世界なのだ、自分のやっただけの事が、表に出るだけの事なのだと言う事を認識する必要が有ると思う。

昇段受験も、稽古も、何も、全て自らの努力の道しるべなのだ。 努力をしようではないか。

7月 01 2007 | 剣道考察日記 | No Comments »